神田川俊郎/新日本料理『神田川』
店舗のご案内 当店のスタイル 店舗地図 お料理の写真 リンク 神田川ブログ

神田川の話

2007年08月05日

信じる心

今、京都にいてますねん

世界親と子のクッキング大賞の審査員として毎年出てる番組がありまして、その収録

クッキング大賞2

 

15年

当時の子供は20〜25歳くらいになってるゆうことですな

毎年テーマがありまして、今年は

「カナダ赤毛のアンの食卓」

と言うテーマで2組の親子が協力して作っていくんですわ

クッキング大賞

 

結構、豪華な食材を集めていろいろな料理にしていくプロセスはほんまにプロとしてもうなずくほどの完成度の高さが見え、なんか私自身の創作意欲にも火がつくようで

「これやったらこうして」

みたいな・・・

 

 

それ以上に素晴らしく感じるのが「親子の絆」がリアルに見れることですな

普通やったら、小学校低学年の子に包丁やフライパンなんかは使わせきれないと思うのですが、親が子を信じ、子が親を信じて自信を持って作業する様なんかもこの番組のいいところですわ

今は日常的に「虐待」もしくは「親殺し・子殺し」が行われてほんまに心が痛む

根本的に「信じる心」がないからそのようなことになるような気がするわ

どんな状況でも「信じる心」があれば乗り越えられると思うんやけどな

昔から「信じるものは救われる」

ほんまにそう思うわ

 



t_kanndagawa at 18:36|PermalinkComments(0)clip!

2007年01月23日

気持ち

先日、下呂温泉の水明館でディナーショーがありましてん

400人ものお客さんが来てくれて、それは盛大なイベントになりました

おかげさんで私には1年を通してディナーショーの依頼があります

私は料理人やから料理はもちろんその土地独特の物をふんだんに献立に組み込むのですが、料理以外の事もいろいろ考えます。

例えば、サービスとか

「料理はうまいけどサービスがあかん」というのは私の信念に外れるからです

やから私は、始まる前に必ず厨房に行きそこの料理人に今回のイベントの成功を一緒に祈願します。

そして、サービスミーティングに参加します。

そこで私が必ず言うんは

「皆さんの笑顔が最高のサービスになります。皆さんのプライドがこのイベントの成功の鍵になります。そして、お客様の笑顔が私たちのイベントの成功を意味します。最後はみんなが笑顔でいれるイベントにしましょう」と

料理にしたら400×10品で4000食

サービスにしたら400の人

料理する人間にしたら4000分の1・サービスからは400分の1かもしれませんが、それのたった1つでも適当な気持ちが入ってしまうとそのお客様の大事な1人1品が台無しになります

その時点でイベントの失敗を意味するのです

そういう意味あいも込め私はサービスも一生懸命にします

もちろん、至らぬ点もあるでしょう

その時は「こんなに忙しいからしゃーない」やのうて

それを挽回すべくうわべだけの謝罪ではなく一生懸命にそのお客様に気持ちが伝わるようにします。

そうするとそのお客様にも気持ちが伝わりますから

人間は言葉でコミュニケーションが取れます。

しかし、言葉だけではなく気持ちでも意思の疎通はできます

「気持ち」

言葉では簡単に言えますが、いざ態度で示そうとすると難しいですな

けど、人間はその「気持ち」の部分で大きく成長していける

そしてその「気持ち」はいろいろな局面で自分を助けてくれる

精神論になるかもしれへんけど、「気持ち」を大きくすることは人間に「ゆとり」・「癒し」をあたえるからね

やから私は「気持ち」を大事にし、仕事にサービスに一球入魂します

そしたら、必ず帰ってきます

その「気持ち」を投げたお客様から「笑顔」というボールが



t_kanndagawa at 22:55|PermalinkComments(0)clip!

2006年11月26日

つけ

今日は雨

晴れてたら、あれして、これして・・・・って思ってたんやけど

まあ、お天とさまにはかなわないから。

最近ほんまにいじめの問題が深刻になってきてますな。

せやけど最近、メディアは誰の責任かみたいな論争ばっかりで肝心のことがなにも話されていないというのが現状のような気がしてならないですわ

人間は100人おったら100人が違う。

それやのに、ゆとり教育があかんとか教育新法改革するとかまた型にはまるような議論しかされてないような気がして

挙句の果てには「今の子は打たれ弱い」みたいな声も聞こえてくる。

私は今の子らは生まれたての時に作られた制度の犠牲者にしか見えない

型にはまった規律の中で生活し(もちろん規律は大切)レールを敷かれ、今の現状のようになると「今の子供は何を考えてるか解らん」みたいな

レールは自分が敷くものやし、その上を走るのも自分。

大人はそのレールから外れたときに手を差し伸べたり、また違うレールの存在を教える。

そうやって子供は大きくなり、自立していくんが普通の考えかなと思うんやけどな

それやのに、教育委員会が悪いや学校が悪いや先生が悪いや・・・・

大人レベルの話しかできてない。

もっと子供達と向き合えることについての話がほしいな

難しいとは思うが例えば、毎日登校時に外を掃いている方がいるとしよう。

その人が「いつもは元気なあの子が今日は元気がないな」と思うと学校へ連絡する。

そうなると、その子にはいろいろな面でケアができる。

いじめられてる子は絶対に何らかのアプローチはしている。

そのアプローチの仕方は様々やからマニュアルでは対応はできない。

やからそういう地域に密着した形から変えていくと全然違うと思うんやけどな

ほんまに難しい問題やけど、今までのつけを子供が清算している状況は一刻も早くとめなあかんから

ほんま



t_kanndagawa at 18:39|PermalinkComments(1)clip!

2006年07月10日

神田川俊郎のブログ

神田川俊郎のブログ近日公開!



t_kanndagawa at 15:22|Permalinkclip!
Profile
最新記事
Archives